西陣織が描く 日本の一台
織物の匠
Prologue
最高峰のシートを仕立てるとき、素材は何を選ぶべきか。
1960年代当時、欧米に倣うならそれは上質な本革となる。
しかし、初代センチュリーが選んだ答え。
それは日本の伝統織物「西陣織」だった。
根底にあるのは主査・中村健也/豊田章一郎の、
「日本の伝統に支えられた世界に誇れるクルマをつくる」という想い。
そして、その志に共鳴しシート開発に挑んだ匠たちの熱意。
初代センチュリーの誕生から、最新のクーペへ。
時代を超えて継承と進化を続ける、
西陣織シートに織りこまれた矜持に迫る。
第一章 美術織物で 未知なる道を走る
当時、シート表皮はまだポリ塩化ビニルが主流の時代。
初代センチュリーのような高級車に相応しいシートとは何か。まさに、手探りの挑戦だった。
唯一の手がかりは、匠たちが時代に先駆け製作していた乗用車の西陣織シート。
彼らはその技術を、最上級の質感と耐久性を目指して極限まで進化させていった。
特筆すべきは、その糸と織り方にある。
糸は従来の「フィラメント糸」より柔らかな「ナイロンウーリー糸」を採用。
その一本一本を、滑らかな「緞子(どんす)織り」と、
二層構造でふっくら仕上げる「袋織り」を掛け合わせ織りこんでいく。
圧巻なのは、糸の持つウールのような風合いを潰さぬために、
あえて低速織機を使い、約10倍の時間をかけて仕上げる点だ。
伝統模様「蜀紅錦(しょっこうきん)」をベースにしたシンプルな六角模様。
その一つひとつが、Made in Japanの気品と風格を醸し出している。
世界的西陣織メーカーとともに織り上げた、世界に誇る一枚のシート。
それは日本の美術織物が過去の枠組みを超え、
工業製品の舞台に踏み出した歴史の一歩でもあった。
第二章 100の試作が導いた 引き算の美
初代センチュリーで培われた西陣織の技術はのちに、
国を象徴するVIPの専用車両へと受け継がれ、
唯一無二の品格を研ぎ澄ませていった。そして2025年。
そのDNAはセンチュリークーペ コンセプトカーのシート開発へと継承される。
クーペのシート表皮に求められたのは、
座席のみならず扉など室内全体を美しく包みこむファブリック。
しかし、縦横の直線を基調とする空間において、
初代センチュリーのような紋様は目立ちすぎる。
いかに主張を抑え、空間全体と調和させるか。
100を超える試作を重ね、匠たちが辿り着いたひとつの答え。
それはシンプルでありながら奥行きのある、一枚の無地だった。
この主張しない品格は、センチュリーが掲げる「引き算の美」そのものである。
「実際に車内に張られた状態を見たとき、
これで正解なのだと気づかされた」と彼らは振り返る。
それは織物単体に目を向けがちな匠自身が、
空間との調和という意識の進化を遂げた瞬間だった。
第三章 黒に織りこまれた 緋色の矜持
見る角度によって美しく揺らぐ黒。
その奥から、ほのかに浮かびあがる緋色。
クーペのシートは一見「無地」だが、その表情は「無」ではない。
その移ろいを生む秘密はまず、経(たて)緯(よこ)双方に配した糸にある。
複数の糸を織り交ぜることで、無地の奥に深い陰影と繊細な変化を刻めないか。
匠たちは試行錯誤を重ね、経糸には黒に加えてグレーを。
緯糸には、緋色に加えて太さの違う2つの黒と、黒×緋色の混合色を。
計6種にもなる糸の組み合わせへと辿り着く。
そしてもうひとつの秘密。それは、織りの構造に潜んでいる。
初代から継承した「緞子織り」をベースに高密度で設計。
緋色の糸が奥底から覗くように構築することで、
光の角度で緋色が浮かぶ不思議な立体感を生み出した。
伝統の技を幾重にも掛け合わせ、未知なる美を発明する。
黒の奥に秘められた緋色の輝きには、
そんな匠たちの熱意も織りこまれている。
第四章 品質は人格がつくる 「和」を解き放つ未来へ
万が一傷が見つかれば、その場所まで糸をすべて解き、再び織りはじめる。
シートの乗り心地を支えているのは、そうした妥協を許さない姿勢にある。
根底にあるのは、「品質は人格がつくる」という受け継がれた教え。
初代からクーペへと、時代を超えて宿る匠たちの流儀である。
その人格と技術を次世代へつなぐため、
匠たちは現在「内製化」を進めているという。
それは若い職人たちの生活基盤を守ると同時に、
自分たちの地道な手仕事が世の中でどれほど
高く評価されているかを教育し伝えるためでもある。
自らの仕事に深い誇りを持つこと。
それが、職人としての確かな人格を育んでいくことにつながるからだ。
誇り高き人格と洗練された技を携え、
日本の「和」の美意識を、世界という広大な舞台へ解き放つ。
翻古為新。ときには伝統を超えて未来を切り拓く、
匠たちの挑戦は、これからも終わらない。
取材協力:株式会社 龍村美術織物/アウンデ紡織株式会社
取材協力:株式会社 龍村美術織物/アウンデ紡織株式会社